kusakaridaijinさん
moralの語源はラテン語moralisで、基本的な意味は「礼儀上の、慣習の」。
要するに社会的、共同体的規範(基準)のという意味が基本。
ただしmoralには、moral influence(精神的影響)、moral courage(精神的な勇気)など
「道徳的な」とは違う意味もあります。
!doctype>kusakaridaijinさん
moralの語源はラテン語moralisで、基本的な意味は「礼儀上の、慣習の」。
要するに社会的、共同体的規範(基準)のという意味が基本。
ただしmoralには、moral influence(精神的影響)、moral courage(精神的な勇気)など
「道徳的な」とは違う意味もあります。
!doctype>同和地区を擁する学校は何かと発言力がある。設備も他の学校と比べると良い。優秀とされる教師の配置も多く、加配も多い。これほどの優遇があっても、生徒の学力は低く、荒れも収まらない。内部の教師はどう思っているのだろか。なぜ、同和地区生徒だけ優遇されるのか、これは平等な教育ではない、とおもっている教師もいるし、もっと優遇してほしいと望んでいる教師もいる。
大阪府橋下知事の同和教育に対する素朴な疑問。
《私の中学では同和教育をしている。前の学校では、ひとかけらもこんな教育を受けたことがなかった》
これは、橋下徹が中学時代に書いた卒業文集の一節だ。他の生徒の多くが、「3年間の思い出」のような子供らしい内容に終始する中、橋下がつけたタイトルは「視野を� �げる」。
!doctype>と、提出済みのペーパーを持ってくる学生、結構います。
で、読んでみると、文法はまあいいとして
内容が意味不明。
前回同様、意味が置き去りにされているケース。
更に、先生から配られたインストラクションを読んでみると
その内容と実際に書かれた内容が全然合っていない。。。
そういう時には
ライティングのクラスでは、
いろんなジャンルのエッセーの書き方を習うんだから
(descriptive essay/narrative essay/argumentative essay/etc...)
「最近では気候変動説に懐疑的であると、ホロコースト否定論者のように扱われます。
環境保護活動とは実は政治活動家の運動であり、世界規模で大きな影響力を持つ
ようになりました。
政治家は皆、そのことに気付いています。
左派だろうと中道だろうと右派だろうと、環境に忠誠を誓わなければなりません。」
先月、地球温暖化キャンペーンが大勝利を収めました。
反抗勢力の拠点だったアメリカ政府が降伏したのです。
今やジョージ・ブッシュは仲間です。
西洋諸国は先進国と発展途上国で工業生産を抑制するために国際協定が必要だと考えています。
しかしコストはどれくらいでしょうか?
ポール・ドリーズンは元環境活動家です。
「地球温暖化に関する最大の懸念は、温暖化を抑制する政策を推し進めることで、
世界の最貧困層の人々に破滅的な影響をもたらすと思われることです。」
活動家は、大事を取れば安全だと言います。
たとえ人為的地球温暖化説が間違っていたとしても、万が一に備えて、二酸化炭素排出削減に厳しい態度を取るべきだと。
これを予防原則と言います。
「予防原則とは非常に面白い野獣です。
基本的に特定のアジェンダやイデオロギーを奨励するために使われます。
常に一方向にしか使われません。
ある特定のテクノロジーを使うリスクについては言及しますが、例えば、化石燃料など
ですが、使わないで生ずるリスクには言及しません。
そのテクノロジーの恩恵については決して言及しないのです。」
近藤理恵「リスク社会の存在論的不安と少年犯罪 ―佐賀バスジャック事件をもとにして―」を読んだ。
この論文の目的は以下である。
本稿の目的は,近年の少年犯罪の特徴が,リスク社会において存在論的不安を抱え込んだ少年による犯罪にあることを明らかにした上で,存在論的不安が社会的排除のリスク,純粋関係のリスク,経験の隔離のリスクによってもたらされていることを明らかにすることにある。
あるいは以下のようにも言いかえられている。
本稿では,2000 年に佐賀バスジャックを起こした少年の例をもとに,近年の少年犯罪の特徴が,リスク社会において存在論的不安を抱え込んだ少年による犯罪にあることをA・ギデンズの存在論に依拠しながら明らかにする。その上で,存在論的不安がP・ブルデューが指摘しているような社会的排除のリスクとギデンズが指摘しているような親子関係における純粋関係のリスクや専門家システムの拡大による経験の隔離のリスクによってもたらされていることを明らかにする。
結論から言えば、この目的は達成されていない。というか、「近年の少年犯罪の特徴」に関しては一切述べられていない。この論文は、佐賀バスジャック事件という特定の事件を起こした犯人が、どのような「存在論的不安」を抱えていたのか、そしてそれがリスク社会におけるどのようなリスクに基づいていたか、を説明したものである。
しかし、その説明すらほとんど成り立っていない、ということをここでは明らかにしたい。
1.「近年の少年犯罪」について語られていない
本論文には、「近年の少年犯罪」の枠組みに入る犯罪の事例は佐賀バスジャック事件のほかに二つしかでてこない。これらの代表性はどれほどのものなのか、なぜそれが「近年に特有」と言えるのか、なぜそれが「少年に特有」と言えるのか。そういったことが一切説明されない。若者論や少年少女論に対する批判的な研究はすでに多く蓄積されているが、そういった研究を無視して「少年に特有」「近年に特有」だと位置付けている点は問題であると思う。
2.「存在論的不安」の条件は全て満たされているか?(満たされる必要はあったのか)
!doctype>昨日は、事務所近くにある、都島の鉄板串焼き「伸」さんを
取り上げさせてもらいました。
今日、お店に行くと、
新聞をコピーしてお店に貼っていただいていました。
そして、そのコピーをしてくれた方が、
ママさんのお父さんというから、これまた嬉しい♪
「親孝行できましたぁ」というママさん。
「まだ、親には言ってません」と、恥ずかしがり屋の大将。
「そろそろ~言おうかな」だって^^
今日もお店はいっぱいで、
常連さんが、新聞を読んでくれている。
あぁ嬉しい。
(1)「考察」とはどのようなものか
・「考察」は結論を下す場
"結論"は「考察」で言及される。「結果」をもとに何が分かったかを述べる。
・「考察」は仮説の成否を検討する場
自ら設定した課題(目的)にどこまで接近できたかを論じる。
・「考察」は討論(discussion)の場
潜在的反証者(仮想の論敵)を念頭において、反駁できるように討論を行う。
・「考察」は説得の場
読者が納得するような議論の運び(レトリック)が必要。心証を誘導する。 (例:新発見ならば著者の驚きやその意外性を読者に伝えるようにする)
・「考察」は複眼的な思考や視点の転換を行う場
調査・分析の結果からいったん抜けて、それを外から冷静に見つめる。
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